いまさらながら、2020年を振り返ってみる。
そういう人も多いと思うが、1年間いままでのように自分の振り返りはむずかしい。 今までと非連続なのでなかなか今までと比較してどうだった、みたいなことが言いづらいし、なによりいつのまにか終わってしまった感がある。
しかし2020年、大きなことを学んだ。それまで気づいていなかったけれども日本でも思ったより社会には分断があるということだった。
- 作者:五十嵐 太郎
- 発売日: 2004/07/01
- メディア: 新書
リモートワークができる人・できない人というのがその好例なわけだが、完全リモートワークできている側の人と話したりすると、月単位で家から一歩も出ない、なんてこともあるようだった。 特に、アカデミック系の人はそうみたいである。(大学教授など高齢者が多いからだろうか…)
自分はあんまりそうはなっていない派なので、正直差は感じた。一方で、休日は沖縄に行ったり知らない人とキャンプに行ったりスキーに行ったり好き勝手にしていたので、あんまり声高に主張するのも変かなと笑。
当然、その人達は家の中で野菜工場をやっていたり人工肉を培養していたりするわけではないので、当たり前だがその人達のために食料や生活必需品を家まで持っていく人たちがいるわけだ。その人達は、家にこもっていたら仕事ができないわけで、生きるためには家の外に出ないといけない。
余談だが、社会の断絶とは別の話でそんなに室内にいても大丈夫な人がいるというのもまた驚きで自分とは大きく異なる人がいるなぁと思った。 自分はインドア派だと勘違いされがちだが、家から一歩も出ないなんてことは熱でも出ていない限りあまりない。というわけで、宇宙飛行士にはなれないだろう。そういえば今年南極観測隊に人員を派遣しているような会社の人から話をきいたが、南極観測隊の選抜試験も「数週間、狭い建物から一歩も出ずに共同生活をする」というものがあるらしい。すくなからず精神的におかしくなってしまう人も多いという。
それとは別の話で、昨年は仕事で「マンション」について調べる機会が多かった。タワーマンションだとか、郊外の大規模なマンションだと、マンション内でコミュニティを作って、すごいところだと定期的にイベントをやったり、祭りをやったりするところもあるらしい。
見た目こそモダンだが、やっていることは正直現代の隣組みたいで気持ち悪いと思ってしまう。更にいうと、隣組よりも不自然だ。 もちろん多少は入れ替わりはあるだろうが、基本的には所得水準も同じようなもので、年代やライフステージが同じような人たちが一斉に住み始めて、一斉に老いていくことになる。そんなコミュニティって未来がないように思うのだが、どうだろうか。
(都心部のタワーマンションより、郊外型の大規模マンションのほうがこれは深刻っぽく思う。掲示板とか見ていると、子供が小学校に上がるタイミングの家族が一斉に入ってくるらしい。こういう大規模マンションがいつからたち始めたのかよく知らないが、20,30年後くらいにはひどいことになっていそうだ。)
※かくいう自分もマンション住まいではあるけれども、せいぜい10階そこら、1フロア5部屋とかの規模のものだし、同じマンションの人と交流したりなんてことはない。
そして実体経済がこんなことになっている中で、日本も日経平均が続伸するなど金融経済との分断も著しい。資産を使って資産を得る層と、労働力を使って収入を得る層での分断も進んでいる。
巨大アートビジネスの裏側 誰がムンクの「叫び」を96億円で落札したのか (文春新書)
- 作者:泰章, 石坂
- 発売日: 2016/05/20
- メディア: 単行本
株とか債権ではなく、アート・ワイン・クラシックカー…といったオルタナティブ投資という世界があるというのも知ったことだった。(Supremeのグッズを転売するのも一種のオルタナティブ投資かもしれない) アートの世界では、お金を払って批評家にポロッと自分の持っている作品のことを言及してもらって、価値を釣り上げるなんていうこともあるそうだ。
自分がわずかにも関連するコロナ倒産はこれ。去年の雪不足も相まって昨年泊まったホテルがなくなってしまった。スポーリア湯沢、決して豪華でも超キレイでもないけれどもホスピタリティが素晴らしかったので非常に残念。 コロナがおさまったらどこかが再開してくれるのを期待。
2020年は、今まで特に気づくきっかけのなかったさまざまな分断に気づく1年だった。さて、今年はどんな1年になることやら。