Apple watchが真に目指したもの

スマートウォッチ、使ってますか?

僕は使ってます

僕はmiband 2の頃から使っているXiaomi miband 5を運動の時に使っている。

世間的にはmibandシリーズはスマートウォッチではなくスマートバンドという括りになるようで、よりスポーツ時の身体モニタリングに特化したものとみなされている。

スマートウォッチとバンドの違い、はっきりしたものはないようだが一般的にはスマートウォッチと呼ばれているものは画面が一般的な腕時計くらいの大きさがあるのに対し、スマートバンドは幅が狭く運動を妨げないようになっているといった感じ。 お値段的にもだいぶ違いがあり、mibandシリーズはモデルチェンジのたびに少しずつ高くなっているが3000円程度と、なんの気兼ねなくプールに持ち込めるようになっている。(スマートフォンなんかだと、「防水」って書いてあっても実際水の中に入れるのは怖いからまずやらない)

miband 5から、PAIスコアという心拍数に基づいた運動のスコアをとってくれるようになって、その数値を見ることで運動をしたときに「やったつもりになっているだけ」なのか「ちゃんと運動効果があった」のかを知ることができるようになったので重宝している。

Apple watch登場時の無理解

しかし、今でこそ自分でも使うようになっているが、Apple watchが出てきた時のコンセプトには懐疑的だったのを思い出す。 同時のスマートフォンは今のスマートフォンより全体的に小さかった(というか今のが大きすぎ😡)のもあり、片手で操作できる。 一方のApple Watchは、片手を突き出してもう片手で操作しなければならず、実質できることは少なくなるのに両手が塞がるということで、ダメじゃんと思っていた。 スパイ映画に出てくるガジェットの見過ぎなのでは、と。

Apple watchの真の狙い。

しかし、どうもこれは世間知らずであったらしい。 先日、こんな記事を見つけた。

www.wizforest.com

でも、それだけじゃ魅力が無い…だから、大きな仕掛けを入れてきました。健康管理がそれです。

アメリカだと、自分の体調管理に気を使っている、とさりげなくアピールするのは、仕事での昇進に必要なことです。 自分の体調も管理できない人間が、部下の管理などできない、と考えられていますから。 (中略) この層にとっては、Apple Watch は実用性よりも、昇進のためのアピールアイテムとして魅力があるのです。 だからこそ、「センスが無い」と思われるようなものではいけない。出来るだけ、ごく普通のものにしなくてはならない。

発表時に、そのデザインが「普通の時計」であることが驚きを持って迎えられましたが、おそらくは以上のような理由があってのことです。

…おそらくは、Apple 自身が「腕時計端末」に実用性があると思えていないのでしょうね。 だから端末の魅力ではなく、健康管理機能をアピールして、「仕事での昇進」という別の魅力をちらつかせてきたわけです。

「吊り革バトル」という言葉が日本にあることからわかるように、腕時計は時間を知るという機能は二の次で、もはや(特に男性にとって)「何か」をアピールする為のツールとしての役割が大きい。 実用を目的としたものでないものにどれだけお金を使えるか・どれだけセンスの良いものを見つけられたかといったことを見せるため。

しかし、これらでアピールできるものはどちらかといえば自己満足の側面が強い。 わかりやすくロレックスだ!みたいなのだったら婚活とかで役に立つのだろうか?とも思うけど、腕時計もこだわりが強くなればなるほど、ほとんどの人にはわからないものになると思う。

先日、高級腕時計を取り扱うところにいったのだが、、

したの2枚の写真の腕時計、片方はなんと5000万円(500万円じゃないよ)、もう片方は9999円の時計なのだが、どっちがどっちだかわかるだろうか、、? 皮ベルトが多分安い方は合皮なので、そこが見分けるヒントになるかもと思うので実物を見たら区別がつけられるのでは?と思うが、逆にいうと時計部分は実物を見たところで正直わからない気がする。

昔、買えるわけでもないのに高級腕時計が好きな知り合いがいて、なんとかビートがどうこうみたいな話を教えてもらったことがあるのだが、どこを見たらそのなんとかビートがわかるのかがわからない。 ちなみに、答えは1枚目の写真が5000万円の方。

まさしく趣味の領域で、好きな人は好きだけれども、そうでない人には関係ない世界だ。

Apple watchはそこに目をつけ、実利につながる評価を得るためのツールとして再設計したというのは着眼点としてまさにその手があったか感がある。 なんらかの操作を必要とするガジェットではなく、装着していることをアピールすることに意味があったのだ。

会社での昇進に興味がある人は、時計に興味がある人よりも遥かに多いだろう。 (Appleが公式にそういうふうに発表しているわけではないが、上記の推測は説得力があるのでそうなんだろうなぁと思った)

次のApple watchを探せ

次に同じことは革靴でおきるのではないか。これには自分の希望が多分に入っている。

できるビジネスパーソンを見分けるには足元を〜とかいう訳のわからない都市伝説があるが、本質的には生産性の向上につながらない高い靴をちゃんと手入れして履いているということとできるビジネスパーソンであることになんの関係があるのだろうか。

この考え方が広まったことで、マナー講師が作り出したマナーと同じで、むしろ社会全体に損失を生んでいる。 偶然その時靴が汚れていたせいで評価されるべき人やものが評価されず、靴が綺麗だっただけでダメなものが淘汰されなかった、ということが起きているはずだ。

僕は革製品のメンテナンスをすること自体は嫌いではなく、革靴の手入れもするのだが、おしゃれ靴としての革靴は綺麗にしようと思うがスーツ用の靴はどうも気合が入らない。 幸い、月に数回履く程度なので大した手間ではないが、こんなに手のかかるものを毎日履かせているのは変だと思う。

例えば、AppleがApple watchと連動し眠気・疲労度・集中度に応じて適切な足ツボを刺激することで認知機能を高めるスニーカーを売り出せば、それを履いている方がピカピカに革靴を磨いているだけの人よりできるビジネスパーソンとして見られるようになるだろう。