ウクライナ危機の激化にともなって俄に「地政学」というワードに注目が集まった。 というわけで地政学というタイトルを含む本が雨後の筍、、ほどではないが出てきた。
といった状況の中で、10年ほど前に出版された「感情の地政学」という本を読んでみた。
書誌情報
17世紀の魔女狩りから9.11テロ事件にいたるまで、建国以来「恐れの文化」にとらわれてきたアメリカ。 EU発足後も足並み揃わず、移民などの「他者」に怯え、「恐れの文化」をアメリカと共有しつつも対立するヨーロッパ。 西洋世界への歴史的屈従がもたらす、「屈辱の文化」にゆれるアラブ・イスラム世界。 そして、中国とインドの急激な経済成長に牽引される、「希望の文化」で覆われたアジア――。
3つの「感情の文化」の衝突は、これからの世界をどう形作るのか? 「希望の文化」に満ちたアジア世界で、唯一「恐れの文化」に属する日本がとるべき道とは? 2025年の世界情勢を支配するのは「恐れ」か、それとも「希望」か?
「感情で動く世界」の全貌を描き出し、国際政治分析に新たなパラダイムを示した話題の書、待望の邦訳。
著者のドミニク・モイジという人は
ヨーロッパを代表する国際政治学者の一人。 1946年パリ近郊ヌイイ生まれ。フランスを代表する国際問題のシンクタンクである、フランス国際関係研究所(IFRI)共同創設者・上席顧問。現在ハーヴァード大学政治学部客員教授。他に欧州大学院大学教授、およびパリ政治学院教授も務める。また国際問題の論客として、フォーリン・アフェアーズ誌、フィナンシャル・タイムズ紙、ニューヨーク・タイムズ紙など幅広いメディアで言論活動を展開している。
とある。 ロンドンのテロの後、「地下鉄にブルカを被った人が乗り込んできたから、自分を含めてみんなその車両から逃げ出した」的なことをさらっと書いているようなところもある。
なんとなく、ヨーロッパ中心主義者なのかな、と感じる。
「感情の地政学」のあらすじ
世界の各地域の行動原理?を、支配的な感情で説明しようとする試み。
旧西側(日本を除く)=恐怖
アラブ・イスラム圏=屈辱
アジア(日本を除く。特に中国とインド)=希望
といった感じで地域と支配的な感情を関係づけている。
区分けの仕方がスッキリしてないというのもあるが、内容についてもモヤモヤが残る。 感情と地政学を結びつけるという"試み"こそ新しかったのかもしれないが、分析についてはあまりセンスが良くなかったのではないかと思う。 邦訳が2010年に出版されているので、当時の雰囲気ではまた世界が違って見えていたのかもしれないが、未来予測は難しいんだなというのが良くわかる。
実際には最も屈辱という感情に突き動かされたのは中東の国ではなくロシアだったし、
中国が希望の地域というのも非常に疑わしい。
感情の増幅装置
その地域に支配的な感情が政治を動かすというのは確かに生まれつつある現象ではないかと思う。 その原因の一つに、ソーシャルネットワークというのがあるだろう
動物の脳は、成長過程で一度シナプスを過剰に作った後で不要なものを「刈り込む」つまり消すことで正常な脳の機能が発達していくんだそう。この刈り込みがうまくいかず、過剰なシナプスが残っていることでてんかんのような発作を起こしやすくなったり精神障害の原因になるんだそうだ。
我々の脳機能は、シナプスと呼ばれる繋ぎ目を介して神経細胞同士が情報をやり取りすることによって成り立っています。神経細胞同士の配線(神経回路)は生後初期段階では未完成であり、発達に伴って徐々に完成していきます。この過程においてシナプスはまず過剰に創生され、その後の生育環境や経験に応じて必要なシナプスと不要なシナプスに選別されます。必要なシナプスが選別されて生き残り、不要なシナプスが刈り込まれることによって脳は精密な神経回路として成熟します。このシナプスの選別と刈り込みがうまくいかないと脳の情報処理に不具合が生じ、自閉症や統合失調症などにもつながると考えられています。
このアナロジーのように、ソーシャルネットワークが作った過剰な人と人の繋がりが、人の興奮状態を強化してしまっているのではないだろうか。
個人を一つ一つのニューロンのように捉え、人と人のつながりをシナプスだと考えてみると、ソーシャルネットワークはシナプスをこれまでよりも遥かにつながりやすくした。 その中でニューロンの興奮、つまり個人の感情の発露がつながりによって連鎖していくわけだ。
社会のてんかん発作が起きているのが、今なのだろうか。