ロシア語には「正書法」というものがある。 活用で語尾が変化する際に、いつもと違う文字を使わないといけないというルールがいくつかある。
「ゼロからスタート ロシア語」には、ただ正書法というのがあります、こういうルールですしか書いていない。 また東京外大のサイトなど多くのWebサイトでも理由は書いていない。
しかし、調べてみると納得できる説明をすることができた。 おそらく同じように正書法に納得のいっていないロシア語学習者の人がいるのではないかと思った。
ロシア語の正書法とは何か
まず初めにロシア語の正書法について。
要するに「同じ音は同じつづり」というルールだ。 同じ音に複数の綴り方ができてしまう場合も必ずどちらかを使おうというものである。
正書法について疑問に思って色々調べてみて、こういうことなんじゃないかということがわかってきた。
まずはその前に前提知識から。
ロシア語の正書法に納得するための前提知識:軟母音と硬母音
日本のロシア語テキストには、母音には軟母音と硬母音があるということが書いてある。
これは日本のロシア語教授法独自の用語なので、使わない方がいいという意見もあるみたいだが、正書法を覚えるのには役にたつ。 きっと日本語話者がロシア語の発音を理解するのには便利な概念なのだろう。
日本語の発音に当てはめると、
硬母音:あ・うぃ・う・え・お
軟母音:や・い・ゆ・いぇ・よ
というふうに上下が対応づいている。
黒岩幸子「日本のロシア語教程における「硬母音・軟母音」の概念について」
これを踏まえると、なぜ正書法のルールが生まれるのかが納得できるようになる。
その綴りに対応する音がロシア語にはないタイプ
г, к, х の後にはяとю を綴らないというルールがこれ。
ロシア語ではそもそも日本語でいうギャ・ギュ・キャ・キュ・ヒャ・ヒュ といった音はそもそも存在しないらしい。なので、活用の都合でгя(ギャー)となりそうなところは、га(ガー)に変わるというわけだ。
ただ、非ロシア人の人名や外来語では例外があるようで、ヴィクトル・ユーゴーはГюго)と綴られている。
同じ音が2通りに綴れてしまうので、1つにまとめられたタイプ
ж, ч, ш, щ, цの後に続く場合、母音は次のように変わる。
- я → а
- ы → и
- ю → у
これらはそもそも子音が「軟音」なので、母音が硬母音の жа でも「ジャ」になり、жя と綴るのと同じ音になる。
この際、なぜяではなくа なのか?というのは気分だったのかもしれない。 я, и, юではなくа,ы,уを使いましょうというルールだったら、全部硬母音にすればいいのね、となるのにそうじゃないのが辛い。
さて、ロシア語の母音は5ペアあるはずだが、正書法で言及されるのは3ペアしかない。
これはなぜか?
正書法を考えなければいけないのは、活用による語尾変化のときだ。 原型が正書法に引っ掛かるような単語は存在しないわけだし。
活用表を眺めると、эが子音直後に続くことはなく、ёもм以外の子音に続くことはないことがわかる。 なので、эとе、оとёのペアについては考慮をしなくてよいということなのだと思われる。
ロシア語について思うこと
今のロシア語の正書法は、革命後に作られたものである。 革命後それまでヨーロッパの中では後進国でだったロシアを一気に近代工業国にしようということで、数年で一気に識字率を押し上げたそうだ。
しかし改革するんだったら、もっと徹底されてても良くなかったか、、?と思う。
そもそも活用が多すぎる
英語と違って語順が自由な言語だということで、「格」を減らせないことはしょうがない。(英語だったらSVO1O2という語順があるので、主格・対格・与格の区別をする必要はない)
でも、形容詞や動詞を性や単数複数で形を変える意味が全くわからない。ソ連は男女平等が当時の西側より進んでいたわけだし、男性名詞女性名詞の区別なんか無くしておいてくれればよかったのに!
綴りと発音が完全一致していない
また、ロシア語には他にもいくつか発音の特殊ルールがある。これも音が変わるんだったら、綴りを変えるか綴りに合わせて音を変えないようにルール化しておいて欲しかった。
アクセントのないо, я, еの音は元と変わる
例)хорошо はホロショーではなくハラショー
例)японка はヤポンカではなくイポンカ
例)еда はイェダーではなくイダー語末の有声子音は対応する無声子音として発音される
例) хлеб はフレーブではなく、フレープ無声子音の前に現れる有声子音は対応する無声子音として発音される
例) водка はヴォードカではなくヴォートカ有声子音の前に現れる無声子音は対応する有声子音として発音される
例) экзаменはイクザーミンではなくイグザーミン
ちなみに:日本語にも正書法のようなものはある
日本語にも実は似たようなものはあり、「現代仮名遣い」と呼ばれている。 例えば特別なルールが当てはまる場合以外は「ぢ」ではなく「じ」、「づ」ではなく「ず」 を使うことになっている。