紅白にSnoop doggは出られるか?――ヒップホップと“反社”の境界線

ある日ふと、ヒップホップに興味が湧いて、YouTubeであれこれと動画を漁り始めた。 その中で出会ったのが、2022年のNFLハーフタイムショー。Dr. Dre、Snoop dogg、エミネムなど、自分でも名前を知っていたような面々が登場するショーだ。


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超高速のラップに「よく生放送でこんな早口言葉できるなぁ」と感心しつつ、別のことも考えた。 「これ、日本じゃ絶対にありえないよな……」という感覚。そして、なぜアメリカではこれが“許される”のか?という疑問だった。

あり得ない理由

Snoop doggは、もともと実際にクリップスというストリートギャングに所属していて、コカインの売人でもあったという。 一度、拳銃による殺人で収監されたこともあるそうだ(正当防衛が認められている)。

クリップスとは

クリップス(Crips)は、1960年代後半にロサンゼルスで誕生したアフリカ系アメリカ人によるストリートギャング。アメリカでは最大級の勢力を持つギャングの一つとされている。シンボルカラーは青で、対抗勢力であるブラッズ(Bloods)は赤を使う。この対立構造は、いわゆる「カラーギャング」の元祖ともいえる。日本でも1990年代には、このスタイルに影響を受けた若者文化が一部で流行し、「カラーギャング」という言葉が使われるようになった。

クリップスのメンバーは、青系の服装(たとえば青のバンダナを体の左側に身につける)や、指でCを作る手のサインなどを用いる。また、抗争で殺害した相手の血で地面に「C」を描くという行為から始まったとされる「C-Walk」という独特のダンスも存在する。

全国放送でクリップスのサイン

ここで話は先のハーフタイムショーに戻る。Snoop doggは以下のように、クリップスとの関係を露骨に表現していた。

  • 青いバンダナこそしていないものの、青いバンダナ柄(ペイズリー)の服を着用
  • 指でCマークをつくる
  • C-Walkを披露

こうした演出は、日本的な感覚だと「賛否両論」を巻き起こしそうなものに思える。 しかし、調べてみると、アメリカではそうでもなかったようだ。

日本で例えるなら、紅白歌合戦に関東連合OBが出演して、特攻服を着ているようなものだろうか……?笑 どう考えても受け入れられそうにない。

カウンター

Dr. Dreはストリートギャングに属していたとか、コカインを売っていたといった記述は英語版Wikipediaにも載っていない。 しかし、彼と一緒に「デス・ロウ・レコード」という名前から物騒なレーベルを主催していたシュグ・ナイトという人物は、もろに反社。 どこまでDr. Dreが関わっていたかは別にして、シュグ・ナイトの汚れ仕事により相当な利益を得ていたと思われる。

そんなDr. Dreや、彼が属するグループは、警察が嫌いなようだ。

たとえば、こんな歌を歌っていたり:


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ハーフタイムショーでも、「still don't like police」という歌詞が含まれているラップを披露していた。(ハーフタイムショーではその部分の歌詞は変えている)


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もちろん日本でも、警察や権力に対する批判的なメッセージを含む創作は存在するけれども、そういった作品はどちらかといえば、かなり支持者が限られたサブカルチャーの枠にとどまる印象がある。

アメリカでは、国民が武器を持つ権利が憲法で認められていることもあり、警察というものも「必要ではあるけれど、無条件には信頼できないもの」という認識なのかもしれない。

そんなDr. Dreは、いまではApple傘下のヘッドホンブランド「Beats」の創業者でもある。

これもまた、日本的な感覚ではちょっと考えにくい。 たとえ本人が「自分は反社の構成員ではなかった」と主張したとしても、「反社と一緒に会社をやっていた人物が創業した企業」を、上場企業がそのまま買収し、ブランド名も変えずに展開する……というのは、日本ではおそらく成立しないだろう。

ちなみにアメリカの警察制度について

アメリカと日本の警察制度には大きな違いがある。 西部劇のイメージがある「保安官」は今でも現役の制度で、治安維持はむしろ保安官の仕事なのだ。

「保安官(Sheriff)」と「警察官(Police)」は制度的にも役割的にも異なっており、警察は、市や町といった地方自治体に所属し、主に都市部の治安維持を担当する。

一方、保安官は郡(カウンティ)単位で選挙によって選ばれる公職であり、刑務所の運営、裁判所の警備、田舎の法執行など、より広域で行政的な役割を担っていることが多い。

アメリカの地方行政は、どの地点でも「州」「郡」には属している。一方で、「市」や「町」は、住民が自分たちで作らない限り存在しないのだそうだ。 市にも町にもなっていないところは非法人化地域といい、非法人化地域には警察は存在しない。