山谷の「金町戦」って何?日雇い労働者と暴力のリアル

「ヤクザと過激派が棲む街」という、山谷を舞台にした暴力団と左翼団体の衝突を描く本を読んだ。

金町戦とは

金町戦は、1980年代に東京・山谷で起きた、山谷争議団と暴力団・金町一家(日本国粋会系)の抗争。

元々山谷の「人夫出し」(日雇い労働者派遣)は義人党という右翼団体が仕切っていたが、そこに金町一家の下部組織、西戸組が進出を試みた。

一方の山谷争議団は1970年代後半、寄せ場での日雇い労働者の権利改善を目的に結成された団体。特定の党派に属さないノンセクトラジカルを中心に、宿泊所や斡旋所への抗議、賃金未払いの是正要求などを行っていた。メンバー自身も日雇い労働に従事しながら活動していたのが特徴。

山谷争議団側に2人の死者がでている。

左翼とヤクザ、暴力の使い所

この本に書かれていて、なるほどそうかもと思ったのが左翼とヤクザの暴力の使い所。

左翼団体もヤクザも暴力を使う。しかし、その目的は大きく異なる。 左翼は理念や理想──資本主義の打破や労働者解放といった抽象的な目標──のために暴力を行使する。理念は人によって解釈が異なるため、内部対立が起きやすく、しばしば「内ゲバ(内部抗争)」に発展する。 どちらがより過激か、で左翼団体どうしの評判が高まっていくらしい。

一方、ヤクザは金のために動く。組織内の権力闘争や利権争いはあるが、「金にならない戦い」には手を出さないという一種の合理性がある。ただし、自分たちのシマを荒らされる、あるいは金の流れを脅かされるような事態には、極めて苛烈な報復を行う。

金町戦では、まさにこの「金になるかどうか」というヤクザの基準と、「理想のため」という左翼の行動原理が真正面から衝突した。

ヤクザ側である金町一家は、当初こそ山谷争議団の規模に対して脅威を感じていたものの、その活動が自分たちのシノギに直結すると認識した途端、強力な攻撃に打って出て争議団メンバーを2人も殺害している。

争議団側は、何をしたらヤクザは本気になるのか?を知らないまま戦っていたため、自分たちが一線を超えたことを認識できていなかったという。

山谷争議団メンバーの矛盾と限界

読んでいて興味深かったのは、左翼団体が経営者を敵視しながらも、結局はその経営者から仕事をもらわなければ生きていけないという構造的な矛盾だ。 山谷争議団は特定の党派に属さないノンセクトラジカル中心の集団で、自らも日雇い労働をしながら活動していた。彼らの活動が労働者の権利向上に一定の価値を持っていたことは否定できないだろう。

ただ、この本を読んで感じたのが共産主義を標榜する左翼団体の視野の狭さ。

しかし、根底にある思想は古典的マルクス主義の影響を色濃く受けている。「労働が価値を生み出し、資本家は労働者を搾取する」という構図は、マルクス・エンゲルスの19世紀の炭鉱労働や工場労働の現実には合致したかもしれない。

しかし高度経済成長を終えた日本で、同じような労働観を持って活動しているというのは、現実見てなくない?と思う。

金町戦が収束に向かった理由は、そもそも山谷の日雇い労働の需要が縮小したことによるという。 ヤクザ側も日雇い労働者を集めることが金にならなくなってきたし、争議団側も山谷を離れて仕事を探す必要。

そんな局面で、そもそも需要がない労働をしながら「仕事をよこせ」と暴力や示威行動で訴えることは、時代背景を無視した自己中心的な行動に映る。

「革命」の呪われた部分

「革命」を標榜する日本の新左翼団体のジェンダー観は伝統的なものだったそうだ。

当時の女性活動家がこう語る。

もちろん、学生たちと一緒にデモもやりました。でも全共闘運動には明らかに女性差別があって、発言するのも委員長も男ばっかり。女は飯炊きや救援や性的な対象。運動が衰退期に入ると、自分より意識が高いと思っていた男たちが、サッサと結婚していって。私の中では、まだなんにも終わっていないのに……。

fujinkoron.jp

(ちなみに山谷争議団のメンバーも妻に働かせてその給料で「活動」をしたりパチンコをしていたりする。)

これは性差別に限らず、「労働とは何か」「付加価値とは何か」といった概念も、かなり保守的だったのではないかと推測した。 山谷争議団があえて山谷の労働者として生き、その立場から闘い続けた背景には、「肉体労働こそ真の労働」というノスタルジーに囚われていたのかもしれない。

革命革命と言いつつ、社会を見ずに仲間内の論理だけで盛り上がった末路なのかなぁ、と感じた次第。