調光メガネとAIが見せる「歴史の終わり」

調光メガネで「外の明るさ」がわからなくなった

最近、いま本当にどれくらい明るいのかわからないまま生きている。
というのも、紫外線に反応してサングラスになる調光メガネを使うようになったからだ。

外が明るいと勝手にメガネが暗くなる。日差しがきついと具合が悪くなってしまう自分にとってはとてもありがたいアイテムだ。

そして思いがけず考えるきっかけをくれた。

AIが代替する「感情労働」

本題に入る前に、AIの適した仕事についての考え。

AIによって最も代替されるのは感情労働ではないかということ。

どんなにモンスター顧客のクレームに対して誠実に謝り続けても、認知症の人に同じ説明を繰り返しても、AIは疲れない。
人間のような「感情の波」がない。

AIがいくら普及しても、人のぬくもりを与える仕事はなくらないという意見はよく見る。 けど、ChatGPTの返事は十分人のぬくもりを感じさせてくれる。

そして、こちらがいくら面倒なことを言おうがへそを曲げることなく健気に答えてくれる。 (でも今のLLMは頼み方によって回答の質が変動するらしい)

人間関係も「調光」される未来

調光メガネから得た着想に戻る。

いずれ生成AIは、リアルタイムで人間のコミュニケーションの棘を和らげることができるようになるだろう。 目や耳が直接世界を知覚することなく、スマートグラスやイヤホンを介するようになり、、

  • 怒った顔は、怒っていないかのように修正される
  • 棘のある言葉も、優しく修正されて耳に届く
  • 自分の返事も相手にとって最適化された表情や口調で伝わる

ということができるようになる。

もしこれが当たり前になってきたら、人間関係による居心地の悪さを感じなくてもよい未来がやってくる。

さらにはネット上の罵詈雑言も自動的に修正され、目にすることすらなくなる。
罵詈雑言の書き込みをみたことがなければ、そもそもヤフコメのような場所に「罵詈雑言を書こう」という発想自体が生まれなくなるかもしれない。

人類史から見える「敵」の誕生

人類は狩猟採集時代、ほとんど争いがなかったと言われている。
他人の敵意に晒されることのない状態こそが自然だった。

しかし農耕を始めると事情が変わった。
食糧事情が改善し人口が増えると、不作の年には「他の村を襲ってでも食料を確保する」という発想が生まれ、そこから争いが広がった。
「敵」という概念が生まれ、人と人とが敵意をぶつけ合うようになったのだ。

歴史20万年のうち、進歩してきたのはたった1万年

人類の歴史は約20万年。
その大半は狩猟採集で過ごし、農耕によって文明が進展したのはたった1万年ほどにすぎない。

つまり、私たちが「発展」「進歩」と呼んできたのは、人類史全体から見ればごく一部の期間に過ぎないとも言える。
人間関係のストレスが消える未来は、むしろ「本来の姿への回帰」なのかもしれない。

「歴史の終わり」ではなく「人類の朝」

生き馬の目を抜くような競争社会に慣れた現代人からすると、そんな未来はディストピアにも見える。
しかし悪意や敵意のない世界は、人類にとっての「歴史の終わり」ではなく、むしろ「新しい朝」の始まりなのではないだろうか。

未熟な人類のもつ、眩しすぎる感情という光を和らげる調光メガネ、これによってようやく朝を迎える準備を迎えられるようになる、のかもしれない。

おまけ:調光メガネなら眼鏡市場

ちなみにメガネチェーンの中では、眼鏡市場が調光でも薄型レンズを提供している。
ジンズやゾフでは、調光オプションがつけられるレンズが、屈折率の低いものに限られたしまう。

というわけで、度が強くて調光メガネが欲しい人は眼鏡市場にいくとよいとおもいます。