生成AI時代のノートアプリを作ってみた

前から生成AIを活かしたアプリ開発をしたいなぁと思ってたんだけど、ついに1つ完成。 2025年に何とか間に合った。

その名もTitanium。 ただ今回ほとんどコードは書いておらず、ほぼGoogle Antigravity→GPT-5.2 codexが書いている。

どんなアプリ?

Googleログイン後に僕がアカウントを手動承認しないと使えないので、ログインボタンを押しても皆さんは使えないがデモページを見ることはできる。

titanium-af1a0.web.app

コンセプトと特徴

いろんな目的のメモ・ノートアプリがある。EvernoteやNotionのようにストックする情報をためるノートアプリはどんどんいいものが出てくるが、書くという方向ではあまり満足のいくものがない。 このブログ記事を下書きするようなときに使えるものがないのである。

なので今回は自分がブログなど「発信するための文章」を「生産」するのに欲しいエディタを作ることにした。

  • 今書いている文章と似たノートを自動的にサジェストしてくれる

  • 他のノートとMix、複数のノートを生成AIに渡して新しい考えを無理矢理考えさせることができる

  • Quick Wordという機能があり、単語に対して自動で解説記事を作っておいてくれる。

Titaniumのキモが、ノート同士を混ぜ合わせて新しいアイディアのネタ出しをしてくれるというところ。これがノートが溜まっていなかったり関連情報がないと意味がない。 なのでとりあえず自分が書きたい内容と関連しそうな単語やトピックをとりあえずストックできる(しかも自動で)というのがQuick Wordをつけた目的である。

Titaniumの精神的な祖先 Scrapbox

知る人ぞ知る?オンラインのノートサービスにScrapboxというのがある。 これが日本語予測変換の生みの親である増井先生の研究室発ベンチャーで生まれたものだ。

Scrapboxは、ノートの中のキーワードを指定すると、同じキーワードを指定しているノートが自動的に表示されるという特徴がある。 これは思想としてはとても良いと思って、一時期使っていたことがある。でもコンセプトにの良さに対して実際の体験はあまり良くなく、結局すぐ使わなくなってしまった。

なぜ使いづらいのか?考えてみると

  • ノート間のリンクを手動で貼らないといけないこと
  • ノートが増え、リンクを貼れば貼るほどサジェストの質が下がっていくこと(大量のノートが表示されるだけになる)
  • 関連ノートをサジェストしてくれるだけで、新しい洞察を生み出すまでの機能はないこと
  • そのリンクの記法が特殊で、Scrapboxで書いたノートを他で使うには加工が必要になること

ここらへんを乗り越えたものを作ってみたかった。

Mixの結果

で、肝心のMixはどうなの?と思うかもしれない。

とりあえずここ3年分くらいのブログ記事を入れてみて、色々Mixしてみているが、体感的には打率は1割くらい。

でもヒットした物はフツーに良さそうな物が出てきた。

例えば、この2つの記事をMixしてみた結果。

k5trismegistus.me

k5trismegistus.me

現代の「仲間」を示す新しいコード

最近、ファッションとインターネットのニュースを見ていると、一見まったく違う現象なのに、どこか共通する匂いを感じることがあります。それは、私たちが「どこかの集団に属したい」という根源的な欲求と、その欲求を満たすための新たな「コード」が、社会のあちこちに生まれているという感覚です。

ファッションの世界では、もはや「洗練されていること」や「誰が見ても格好いいこと」が絶対的な価値ではなくなりつつあります。例えば、一見すると「なぜこんなデザインが?」と思うような高価なスニーカーや、あるブランドの限定アイテム。これらは、その道の「クールな人々」と呼ばれる架空のコミュニティに属するための「パスポート」のようなものです。外から見れば理解不能でも、そのコミュニティの内部にいる人にとっては、それが「ネタがわかる」証であり、「自分もその一員である」ことの証明になります。まるで、特定のギャングのバンダナや、学生時代のクラスTシャツがそうであったように、現代のラグジュアリーファッションは「仲間を見分けるための暗号」としての機能を果たしています。

この「仲間コード」としての機能は、オンライン空間の「アテンションエコノミー」にも通じるところがあります。インターネットのニュースやSNSで目にする「ご意見表明」の多くは、必ずしも真実の追究や世の中を良くするためだけにあるわけではない、と感じることがあります。むしろ、特定の意見を表明し、それを支持する「信者」や「支持層」の熱狂を煽ることで、自らの影響力を誇示し、存在感を高めるための「ゲーム」になっている側面があるように見えます。

ここでの「ハイプ」は、ファッションにおける限定品や奇抜なデザインと酷似しています。「知っている人にはわかる」という排他性が、その価値を高めるのです。例えば、あえて物議を醸すような発言や、一見すると「電波」に思えるような主張が、ある特定のコミュニティの中では「本質を突いた正論」として受け入れられ、それがそのコミュニティの一体感を強める「コード」となる。外部から見れば滑稽に見えるかもしれないその現象は、ファッションにおける「ダサいものがクール」という逆説的な価値観と、驚くほど重なります。

そう考えると、現代において影響力を持つリーダー、つまりファッションにおけるクリエイティブディレクターや、オンライン空間におけるインフルエンサーは、もはや専門知識の有無だけでなく、「いかに面白いネタを提供し、特定のコミュニティの求心力となるか」という点で共通の能力を求められているのではないでしょうか。それは、カニエ・ウエストやファレル・ウィリアムスといったミュージシャンがファッション界で重宝された理由であり、今やVTuberや人気YouTuberがアパレルブランドとコラボレーションする未来を予感させます。彼らは、既存の枠にとらわれず、熱量の高い「ファンコミュニティ」を形成し、そのコミュニティの中で通用する新しい「コード」を生み出す力を持っているのです。

私たちは今、目に見えない「群れ」が持つ「コード」の力に強く影響を受けています。高価な服も、ネット上の過激な意見も、根底には「このコミュニティの一員でありたい」「仲間であることを見せつけたい」という、非常に人間的な欲求があるのかもしれません。その中で、何を選び、どの「群れ」に身を置くのか、あるいは孤高を保つのか、現代を生きる私たちの自由であり、時に試される問いかけなのでしょう。

なかなかそれっぽいものが出てきてないだろうか。

Codexさまさまで、普通にエディタが使いやすいのも想定外だったが嬉しいポイントである。