なぜサッカーファンは「技術委員」になるのか

ご存知のように今年のサッカーワールドカップは、日本代表がブラジルに逆転負けを喫し、ベスト32で大会を去ることになった。

僕自身は試合を見られておらず、サッカーも詳しくないので、試合内容について偉そうに語る資格はない。

試合後の反応を見ると、「ブラジル相手に先制して善戦した」という人もいれば、「内容的にはかなり力の差があった」という人もいるようだ。

どちらが正しいのかは分からない。

個人的には、世界屈指の強豪相手にここまで楽しませてくれたのだから、「ありがとう」で終わってもいいんじゃないか、と思う。

ところが、サッカーの話になると少し様子が違う。

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ヤフコメのセルジオ越後たち

セルジオ越後氏は、JSLでプレーし、日本サッカー協会(JFA)の技術委員として強化・育成にも携わり、長年にわたって全国で子どもたちを指導してきた、日本サッカーを「作ってきた側」の人物だ。

だから、日本サッカー全体をどう強くするかを語るのは自然な立場である。

しかしSNSやコメント欄を見ていると、

  • 「スタッツ(試合データ)を見れば、この内容では世界とは戦えない ポゼッションを高めないと」
  • 「欧州組は多いとはいえ、レアル・マドリーやマンチェスター・シティのような世界最高峰クラブで主役を張る選手がいない」
  • 「日本のサッカー教育は子どもの頃から組織力に偏っていて、個人技が育たない」

などなど、リトルセルジオ越後がウヨウヨ湧いてくる。

でも、なぜ見てきただけの普通の視聴者まで、「日本サッカーをどう強くするか」を語り始めるのだろう。

個人的な印象だが、野球では「あそこで代打を出すべきだった」「あの投手交代は失敗だった」といった監督目線の話はよく見かける。

それも、一試合、長くても一シーズン単位の話である。

一方サッカーでは、「子どもの育成」「リーグのあり方」「海外移籍」「指導法」といった、10年、20年単位で日本サッカー全体をどう強くするかという議論になりやすい。

サッカーだけ、なぜか一視聴者が「技術委員」のような視点で話し始める。

この違いが気になり、日本サッカーの歴史を少し調べてみた。

すべては日本代表のために

すると、日本サッカーは最初から「プロリーグを作って興行を成功させよう」という発想では始まっていなかったことが分かった。

1960年代、日本代表強化のために招かれたドイツ人指導者デットマール・クラマーは、日本サッカーを強くするには、単発の大会だけではなく、全国規模で継続的に戦うリーグ戦が必要だと提言したという。

その考えを受けて誕生したのが、日本サッカーリーグ(JSL)だった。

JSLは企業チームを中心としたアマチュアリーグで、あくまで日本代表を強くするための土台という位置付けだった。

そして1993年、その思想を受け継ぎながら、プロ化と地域密着を掲げて誕生したのがJリーグである。

もちろんプロリーグである以上、興行として成功することは重要だ。

しかし、それと同じくらい「サッカーを日本に文化として根付かせる」「地域にクラブを作る」「日本サッカー全体を発展させる」といった理念が強く掲げられていた。

つまり、リーグの形は変わっても、「日本サッカー全体を強くする」という目的は一貫していたのである。

「海外組」とJリーグ

この歴史を知って、以前から気になっていたことにも少し納得がいった。

昔の日本代表には、Jリーグ所属の選手が数多くいた。

遠藤保仁くらいは、サッカーに詳しくない僕でも知っている。

一方今は、代表選手のほとんどがヨーロッパのクラブでプレーしている。

プロ野球なら、NPBのスター選手が次々とメジャーリーグへ移籍してしまえば、「リーグとして大丈夫なの?」という話になりそうだ。

有名選手が国内リーグからいなくなれば、試合を見に来る理由の一つが減る。テレビやニュースで取り上げられる機会も減るかもしれない。興行として考えれば、スター選手の流出は決して歓迎ばかりではないはずだ。

だから最初は、Jリーグも同じように考えているものだと思っていた。

でも、日本サッカーの理念を見る限り、必ずしもそうではないらしい。

Jリーグで育った選手がヨーロッパへ渡り、さらに成長して日本代表を強くすることは、日本サッカー全体として見れば歓迎すべきことなのだろう。

もちろん、各クラブや自治体スポンサーがそれをどう受け止めているかは、また別の話ではある。

日本代表がW杯優勝するまでの物語

そう考えると、「ヤフコメのセルジオ越後たち」の見方も少し理解できる気がする。

日本サッカーは長年、「日本全体の競技力をどう高めるか」という思想で作られてきた。 その思想がサッカーを見ているうちに内面化されたのではないかと推測する。

だから彼らは、目の前の90分だけを見ているわけではない。 子どもの育成、リーグのあり方、海外移籍、代表強化。

日本代表がいつかワールドカップで優勝するまでの、10年、20年という長い時間軸の物語が語られる。

ただの視聴者ではなく、自分もその物語の登場人物であるかのように錯覚し、つい「技術委員」気分になってしまうのかもしれない。

次回予告 サッカーもうひとつの不思議

では、サッカーの本場であるヨーロッパでも、国内リーグは「代表を強くするための装置」として考えられているのだろうか。 それとも、日本だけが少し特殊なのだろうか。

僕が思うサッカーもうひとつの不思議は、ドイツやフランスのサッカーリーグ。

戦力均衡などという考えが欠片も感じられないバイエルンミュンヘンとパリ・サンジェルマンの一人勝ちがなぜ放置されているのか。

これについても考えを巡らせてみたい。