あけましておめでとうございます。

昨年の暮、「読むための理論」という本を読んでいた。括りで言えば批評理論の本ということになるだろうか。

読むための理論―文学・思想・批評
石原 千秋 木股 知史 小森 陽一 島村 輝 高橋 修 高橋 世織
世織書房
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わかりやすく言えば、これはイワユル「文学部」的な読みではなく「教養学部」(表象文化的な)的な読みをする際にはどういうところに注目するのかということについてのエッセイ集のような本である。
主題は近代以降の文芸批評についてであるが、背後にある現代思想の諸概念にも触れているし、一章一章が数ページでまとまっているので暇つぶしに読むのに最適。

「読む」といえば、今年新しく読んだ本を振り返ってみると技術書も入れてたったの19冊しかない。(「読むための理論」も含めて)
な んでこんな体たらくっぷりを発揮してしまったかというと、それはもう2chである。おそらく携帯をNoteるに変えたということも原因な気がするが、かな りの時間を2chMateで浪費した。2chMateは2chブラウザとしては格別に良く出来ていると思うのだが、よく出来たソフトウェアが人を幸せにし ないということの実例だろう。
12月初旬にアンインストールしてからは2chを見ておらず、読書ペースも上がっているのでこの調子を今年は一年間維持したいものである。

2014年は(内容はともかく)文章を書く量は増えたし、アウトプットのほうは増えていると自負してもよいのではないかと思うけれども、明らかにインプットが足りなかった。
本を読むことだけが勉強ではないし、経験・体験はいろいろあったとはいえ…。

日 本のクリエイティビティ信仰というか、詰め込みよりも創造性を重視みたいな意見は裏を返せば反知性主義になっていることが多い。全体の平均ではたしかに他 先進国より詰め込み型だったのかもしれないけれども、トップ層の詰め込みの少なさもまた日本の教育の特徴であるように思える。日本で一番期待されているは ずの東大生にも80:20の法則が働いているような気がする。(2割の学生が全体の8割勉強しているということ)
旧制高校時代の反権力・反実学の伝統が悪い部分だけ残ってしまったのが原因なのではないだろうか。

詰め込み学習をする、というのは遊戯王で言えば「強欲な壺」である。(そういえばTCGで同じカードを複数デッキに入れることを「詰む」と言う。)
遊 戯王歴は2週間くらい、他TCG経験なしの自分がいうのも何だけれども、TCGにおいて一番大事なのはドローである。自分がドローできる「強欲な壺」、相 手のドローを封じる「八汰烏」は状況を選ばず強い。(遊戯王の場合は「処刑人マキュラ」が最強だと言われているが、これは罠カードが強いという遊戯王特殊 な周辺環境があるからだ。)
いくらプレイヤーが賢くても、手札にカードがなければどうしようもない。プレイヤーの創造性はカードがあってはじめて具体化するのである。

現世と冥界の逆転の効果が変わったらしいですヨ


というわけで、実質学生生活最後の一年となる今年(来年は修論書きで終わるだろうし)
しっかり勉強しておきたいところです。