今更ゼロ・ダーク・サーティ

2011年5月にビン・ラーディンが殺害されてから「ビン・ラーディン殺害モノ」映画が流行った。
はずだと思って調べてみたけど、「ネイビー・シールズ チーム6」とこの「ゼロ・ダーク・サーティ」しか見つからなかった…。※



  

 ネイビー・シールズ チーム6は2012年11月の映画で、ゼロ・ダーク・サーティは2012年12月の映画である。ビン・ラーディン殺害直後から制作に動いたとして、まぁそれぐらいかかるのかという感じである。また、ゼロ・ダーク・サーティを見ようと思った理由はあの「ハート・ロッカー」と同じ監督だったから。ちなみにネイビー・シールズ チーム6も「ハート・ロッカーのスタッフが送る」となっていたし、ここ10年くらいの戦争映画だと「ハート・ロッカー」は世間的にもトップクラスの評価をうけているといって過言じゃないだろう。

でも前者の方は煽り文句が

悪夢をもたらした最凶の敵を、緻密な作戦によって追い詰めたとき、
兵士たちは正義の銃弾を撃ち放つ!

とまぁイカニモな感じであまり興味が持てない。

で、本題に戻ってゼロ・ダーク・サーティの話。

この映画をアメリカのプロパガンダ映画だ、という人もいるけど、そうは感じなかった。自分がすでに「そっち」寄りの色眼鏡を通してしかこういう映画を見てないというのもあるだろうし、なにより「ビン・ラーディンの名」はすでに風化してしまっている。

仮にこの映画を同時多発テロ直後の2002年くらい(そのころまだビン・ラーディンは生きてるじゃん!)に見ていれば全然違った感想になっていただろう。あの頃はまだ「ビン・ラーディン」さえいなくなれば、「アルカイダとタリバン」さえいなくなれば、という感じであったと思う。「中東の国では戦争をしているらしいけど、こっちには迷惑かからないしどうでもいいよね」という状況の中で初めて「こっちの世界」に手を出してきたのがビン・ラーディンと仲間たち。だからこいつらさえいなくなればまた元に戻るだろうという感じだったのではないだろうか。(当時はまだ小学生だったから、そこらへんの感覚はわからないけど)

また、公開時はビン・ラーディン殺害のニュースとそれにともなう特番なんかで「ビン・ラーディンの記憶」を呼び起こされていた頃だから同じようにこの映画に特別な政治的意味が感じられたかもしれない。
でも今や世界の関心はシリア(+イラク)とイスラム国であって、少なくとも日本ではアルカイダの存在感はめっきり薄くなった。
たしかにアルカイダは映像的にインパクトのある事件こそおこしたけれどもただのテロ集団であって、領土・国民・主権を持ったイスラム国のほうがよほど深刻な問題である。

ゼロ・ダーク・サーティでは、ビン・ラーディンが何をしたかとかどんな人物であるかは冒頭で9・11の音声がちょろっと流れる以外描写がない。これは公開当時であれば観客にコンテクスト補完させられたのかもしれないけど、今になってこの映画を見るといったいなぜこの人達はビン・ラーディンを追いかけているのだろうかとまったく必然性が感じられない。ビン・ラーディンの姿自体もほとんど描かれず、ただ誰かに見つかるのを恐れてずっっっと隠れているかわいそうなおじさんが垣間見えるだけ。

一方のCIA側は作中前半ずっと一人の捕虜を「強度の尋問」するシーンなど、少なくとも「正義」側としては描かれていないと思う。
またビン・ラーディンを追い詰める理由も「使命感」みたいな感じではなくて最初はテクノクラートとして「これが仕事だから」という感じ、後半は友達が殺された敵討ちという感じとそこに正義なんてものはない。

ここで問われるのが、ビン・ラーディンと仲間たちは「我々」にとって何だったのかということである。パルチザンは法のもとで犯罪者なのか敵軍人なのかという問と同じ問がテロリストにもあてはまる。
仮に犯罪者であったとするならば、アメリカ軍がパキスタンで 勝手に射殺していい人物ではない。そもそもパキスタンは主権国家なのでパキスタンの法執行機関以外が勝手に捕まえに行くのすら問題なはずだ。(モサドがアドルフ・アイヒマンをアルゼンチンで捕らえた時も「イスラエル政府がアルゼンチン政府に対して犯人逮捕および正式な犯罪人引き渡し手続きを行ったものではなかったため、後にアルゼンチンはイスラエルに対して主権侵害だとして抗議」されたている。)
また、敵軍人であったとしたら、アンマル達は「捕虜」になるわけだし、ウォーターボーディングなどの手段によって尋問を行うことは許されていないはず。
結局、グアンタナモ収容所のような法の外が必要になるということだろうか。

ISISが日本も標的国の1つだと公式に声明を発表している以上テロが自分にとって脅威であることは確かであるし、これまでのテロに対してイラクとシリアの間に勝手に国境を引いたり過去の帝国主義政策のツケが回ってきただけで自業自得だ、とまでは言わないけれども同じ血に飢えた獣同士、片方だけが「文明」という皮をまとっているのは欺瞞だと思うわけ。



※NAVY SEALs Team6(DEVGRU)って戦闘能力以外の部分で問題が多いらしいですね。
退職後に金のためにビン・ラーディン殺害について喋っちゃった人もいるとかで。
特殊部隊は仕事の難度が高くて長く続けられる仕事じゃないはず。なのに得られるスキルも他の仕事に活きるようなものじゃないだろう。しかも出身者も多くて各所にコネクションがあるという海兵隊と違って特殊部隊出身者なんて社会にそういないだろうし、再就職は厳しくPMCに行くか暴露話を売るかしかないのかもしれない。