「歴史の終わり」はなぜ終わったのか トルコの今から考える

トルコ旅行の思い出

もう一昨年の話になってしまうのだが、トルコは面白い国だった。サイコロキャラメル持っていったかな?ってくらい深夜バスを駆使していろいろまわった。

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トルコといえば、「世俗主義」。みんなゆるやかにイスラム教は信じているけれども、いわゆる西側的な価値観を共有する国だというイメージがある。 僕が行ったときもそういう先入観を持っていた。 まぁ、行ったところがイスタンブールという大都市とギョレメ(カッパドキア)、パムッカレという外国人の多い観光地だけだったというのもあるが、アルコールはそこらで売られているし礼拝はだれもやっていないしスカーフを巻いた人もいなかった。

なので、そういう国なんだなぁと思っていた。しかし、「エルドアンのトルコ」によると徐々に変わってきているらしい。

トルコ社会の変容

これはマルタで知り合ったトルコ人も言っていたことなんだけれども、トルコでは特に田舎の方や教育水準の低い一般大衆の間でイスラム的な価値観がこれまでよりも支持を集めているという。 そして、インターネットも制限が始まりWikipedia, Youtubeへのアクセスが禁じられているとのことだ。 そういえば自分は制限されていることに気づかなかったのだが、現地ではアクセスする機会がなかったのだろうか??観光地に行ったらWikipedia開いていそうなものだけれども。

エルドアンの政治手腕はすごいというか、スターウォーズのパルパティーン皇帝のような狡猾さを現実に発揮しているようだ。 トルコは軍部が「世俗主義の守護者」として、イスラム色の強い政治家をクーデターで排除したりしてきた。トルコの西側諸国との親和性は軍部が確保してきたと言ってよい。 というわけでエルドアンにとっては天敵なわけだが、「軍が権力が強くシビリアンコントロールが効いていない国はEUに入れないよ」と、西側に近づくには軍を弱めないといけないという名目で軍部の力をみんなを納得させながら削ぎ、その上でイスラム政治家としての本性を表すという。現実にこんなドラマあるのか!?と驚いてしまう。

「歴史の終わり」の終わり

実は原典を読んだことはないのだが、フランシス・フクヤマは1992年の「歴史の終わり」で「民主主義と自由主義は最強だからいずれ世界中民主主義と自由主義に覆われるようになる。そしたらイデオロギーをめぐる戦争だとかはなくなる。」といったことを言ったそうだ。

しかし、実際はそうはなっていない。

エコノミスト誌の発表している「民主主義指数」の平均は、直近数年低下傾向にある。民主主義は一歩進んで一歩下がるというわけだ。

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中国モデルという言葉がある。「開発独裁」と似たような言葉なのだが、中国は中国モデルを輸出しているという点で韓国やシンガポールの「開発独裁」とは一線を画しているように思う。 冷戦終結後、特にEUをはじめとする西側先進国は、他国を支援する条件として自由主義・民主主義を求めてきた。でも中国が海外に投資をするときは、政治体制には一切口を出さずにビジネスライクに付き合ってくれる。 この支援によって、独裁者は権力基盤を強化しつつも経済を発展させることができる。(ただし国民が富むとはいっていない)

中国モデルの合理性

ユヴァル・ノア・ハラリは「ホモ・デウス」のなかで

資本主義がより共産主義を倒したのは、それがより倫理的であったためでも、個々人の自由が神聖であったためでも、神が異教の共産主義者に対して怒ったためでもない。資本主義が冷戦に勝ったのは、少なくとも技術変化の加速する期間には、分散データ処理が集中データ処理よりもうまく機能するためである

と書いている。しかし、現代は技術変化がかつてないスピードになっているがこれは成り立っていないように思う。知的財産の生産力ということで、特許出願数を見てみると中国はいまや第一位。 Googleが使えない国がそうなのである。

情報技術の進歩で、人の能力のスケール度合いはこれまでよりもはるかに激烈になった。 よくアメリカと日本の平均所得の伸びが対比されて、日本全然伸びてないねというけれども実はアメリカも下位90%は微増しているくらい(ここだけでも日本より伸びているのは事実なのだが)。伸びのほとんどは、上位10%だけが得ているものなのだ。これまで以上にThe rich get richerな世界になっている。

文字通り情報が光の速さで駆け巡る時代、小さな芽はすぐに国境をまたいで巨大資本に見つかってしまい、資本の力でより早く実現されてしまう。 中国の保護主義は、自国産業のか弱い芽を守り育てるには効果的だったといえるだろう。

これまでは、世界が今ほどつながっていなかった。だから国や、周辺数カ国というせまい地域がトップレベルの市場であった。 なので、市場に必要な機能がすべて国内市場に存在している必要があり、国はプレイヤーではなくてプラットフォームであった。

しかし、世界中がひとつの市場を形成するようになり、国というレベルがはプラットフォームではなくプレイヤーになってしまった。 プラットフォームと違い、プレイヤーは意思決定をする必要がある。なので、有機体的な国家観が隆盛しているのかもしれない。

トルコの地政学的なポジション(余談)

トルコの事例で言うと、ヨーロッパと中国を陸路で結ぶには、ロシアかイランどちらかを通る必要がある。そして、イランを通るルートは必ずトルコを通る。(ちなみに、カスピ海をつかっていいならイランを通らないこともできるがトルコは通る) 一帯一路にはじまるユーラシア大陸の時代、この地理的なポジションを攻めに使いたいと思っているのかもしれない。