新聞やマスメディアといった旧来のマスメディアの危機が噂される昨今。自分はテレビに関しては縮小こそしてもメディアの王座は譲らないんじゃないかと思うんだけど(それが電波=UHFで伝送されるものかどうかは別として)紙の新聞は近いうちになくなるのではないかと思う。
というのは、新聞は読みづらいからである。
一旦話はそれるが、インターネット以後人々を取り巻く情報環境は大きく変化した。触れることのできる情報量は爆発的に増えた。多分メディアリテラシーなんてものが言われるようになったのもそれ以降だと思う。
玉石混淆の情報があふれる中、
それからずっと混沌とした状態が続いていたけれども、ここ最近になって2つ解決策が見出された。
1つ目がソーシャル、つまり自分の友だちや(ネット)有名人が読んで「面白かった」「役に立った」と「シェア」したものを読むというアプローチ。(はてなブックマークとかわかりやすいね、まとめブログもこれか)2つめが機械的キュレーション、自分の行動傾向をベースに「自分が面白いと思うであろう記事」を機械学習的な手法で求めてもらうアプローチ。(Gunosyとか)
自分は最近ソーシャルという言葉に敵意すら感じるレベルでTwitter、Facebookともに投稿はほぼ全部非表示にしているし(もはや何のためにやってるのかわからない)それ以外は全く関わってもいない。それにGunosyはじめレコメンド系のやつも全然興味が無い。ニュースといえばほぼスマートニュースに依存している。
これら2つのアプローチはともに、触れる情報を触れる前にフィルタリングして減らすということを行っている。
でも自分はそういうアプローチは逃げだと思うわけですね。もちろん情報の蛸壺化という問題などもあるし。
個人的には、インターフェイスをチューニングして人間の情報処理能力を底上げしていくようなアプローチこそが求められているのではないかと思う。(全然満足しているわけじゃないけど、スマートニュースは頑張ってる方だと思う。)
英語の速読を助けるツールにSpritzというのがある。これを使ってみると実感できると思うんだけど、文字って表示方法によって全然処理スピードが変わってくる。
ほかにもフォントの種類太さとか画面の明るさ配色等々、環境によって読む速さは変わるはずだ。
ページ切り替えのたびに1秒待つ、なんていうのは最悪で、単にタイムロスになるだけじゃなくて人間の集中力がそこで途切れることにもなる。
ということを考えていくと、新聞ってUIとしてひどいメディアじゃないだろうか。
紙がでかいから眼球の運動も大きくなる(首まで連動する)しページめくりも時間がかかる、誌面構成も視線移動のフローがあまり考慮されているとは思えないし…。
まーそんなすぐにはなくならないだろうけど、新聞は先がないだろうなーと改めて思う。